自転車、水泳、ランニングと3つの持久系スポーツをこなすトライアスロン。ハードなイメージが強く、過酷なトレーニングを積んだ若い選手しかトライできないように思われるかもしれません。
ところが実際には、愛好者の層で最も多いのは30代、40代なのだそう。年齢分布は20代から70代まで、幅広い年代の人々がその魅力に惹かれ楽しんでいるという現実があります。
スポーツナビゲーターとして持久系スポーツの普及に尽力しながら、現役プロアスリートとしても実績を重ねている白戸太朗さんに、その理由を教えていただきました。
一般の人には敷居が高く感じられるトライアスロンですが・・・
「世間的には難しいものだと思われていますよね。でも一つ一つは決して難しいものじゃない。自転車、水泳、ランニング…日本人なら皆やったことがあるシンプルな競技ばかりです。距離が長いのでその練習は積まないといけないけれど、技術的には決して難しくないんですよ」
なるほど、先入観を取り払ってトライアスロン競技の中身をよく見てみると、それほど難しいテクニックを必要としない身近なスポーツばかり。自転車以外は特に道具も必要としません。比較的始めやすいスポーツであるといえそうです。
「人間の運動生理学的に見ると、スポーツで記録を作るような肉体的ピークは男性なら20代中盤、女性なら20代前半くらいなんですよ。この年齢を過ぎると筋力や代謝が落ちていってしまうのは、身体の構造上当たり前のことなんです。
ところがトライアスロンやマラソンのような持久的なスポーツは、トレーニングにおいてもレース本番においても、メンタリティの占める要素が非常に大きい。極限状態で身体のパフォーマンスを引き出すには、“気持ち”が絶対に必要なんです。だからピークはもっと後ろに来る。30代とかね」
確かにマラソン選手のピークはスポーツ選手のなかでは遅めです。年齢を重ねた選手でも大記録を打ち立てたりすることがありますね。
「逆に瞬発的な反応が求められるスプリント系の競技、例えば陸上の100mとかだともっとピークは前に来ます。20代後半なんていったらベテラン中のベテランですよね。でもトライアスロンやマラソンなどの持久系スポーツに関しては、競技生活としてのピークは30代前半から中盤くらいになります」
「ただ競技とは別で、趣味としてトライアスロンやマラソンを楽しむときにはもっと年齢層は上がっていきます。今、愛好者で一番多いのは40代、50代の人たちなんですよ。
30代から40代で始めたという人や、60代でも楽しんでいるという人も非常に多いんです」
技術的には難しくないとはいえ、ハードなスポーツであることは確か。体力のある若い人だけでなく、比較的高めの年齢層にも愛されているのはなぜなのでしょうか?
「10代や20代のときは、しんどいスポーツのおもしろさが分からないから心が向かないんです。若いときは体も元気で、ある程度無理や無茶をしてもいろいろなことがうまくいく。なぜわざわざお金を出してまで、こんなにしんどい思いをしなくちゃいけないのかと考えがちなんです」
スポーツというと勝負の結果やゲーム性ばかりに目がいっていた10代や20代の頃。ひたすら自分自身と向き合って苦しい思いをするような種目は敬遠していたかもしれません。
「ところが30代、40代になると、そろそろ人生の折り返し地点にさしかかります。これまでの自分の生き方を振り返り、この先どうやって人生を充実させていくべきか、どうやって自分を磨いていくべきかを考えるようになる。自分の達成感や、自分が磨かれる感覚への喜びを求めるようになってきます。
しかし毎日の仕事や他のスポーツでは、自分の頑張りに対して純粋な達成感を得ることが難しい。得られる結果に対して、自分以外のさまざまな複雑な要素がからみ合ってきますから。ではどうすればいいのか?その答えとして最適なのが持久系スポーツなんです。持久系スポーツこそ、才能や外的要因に左右されず、⾃分の頑張りがそのまま結果に結びついていきますから。
10代や20代は直接的な楽しみ=「FUN」を求めてスポーツしていたのが、40代くらいになってくると自分の身体能力や精神性が高まることへの喜び=「JOY」を求めるほうへシフトしていくんじゃないかな、と僕は思っています。スポーツがもたらす喜びが、いわば精神的なバランスをとってくれるんですね。
この手のスポーツは人と競わないで、自分と対峙するというのもポイントですね。自分を見つめなおせるということ、マイペースで行うので無理をしなくていいし、一人でも続けられるというのもポイントです。これらも大人のスポーツである所以ですね」
ところでトライアスロンの種目のなかで自転車だけは、始めるのに道具が必要なスポーツですね。
「自転車にはたくさんの良い面があります。スポーツとしてスピード感を楽しむのはもちろん、移動手段としても役立つし、見聞を広める旅の道具にもなる・・・。
そのほかにも自転車のいいところとして、道具が全て手の届く価格帯だということもありますね。例えば車の世界であれば、GTとかF1とかと同じものを買おうと思えばすぐ何千万円、ヘタしたら億の世界へいっちゃいます。
けれど自転車は、ツール・ド・フランスとかで乗られているようなトップのものを揃えても、所詮100万円200万円程度。程よく手が届くおもちゃなんです(笑)。もちろん、そんな最高級のものを揃える必要はないんですよ、ちょっと背伸びをしたら手が届く範囲にある、というのが楽しいんだと思います」
若いときには手の届かなかった世界のトップモデルが、大人になって買えるようになったりする。憧れの選手と同じ自転車に乗ることができてしまうのも、自転車の良さなんですね。
「いい道具を持つとそれだけで気持ちがアガる。道具に愛情を注いで手入れする楽しみもある。大人の遊び方としては、それはそれで正しいですよね。
もちろん、道具の性能だけでパフォーマンスの優劣が決まることはありません。結果は必ず乗り手と関わりあって決まっていくので、やはり努力していない人はどんなに良いバイクに乗ってもダメ。その辺りの加減もまたおもしろいんですよ。自転車は大人の趣味としてちょうどいいサイズ感なんだと思います」
トライアスロンやマラソン、自転車などの持久系スポーツが、難しいテクニックも要らず、年齢も問わない間口の広いスポーツだということがよくわかりました。白戸さんの話によれば、むしろ若い人よりもさまざまな経験を積んで精神的に成熟した40代以上のほうが、より深く楽しめるようです。
仕事に家庭に趣味にと、40代はとても忙しい年代。そのうえ、体力的には下降線にさしかかり、今までのような無理がきかなくなってきたり、生活習慣病のリスクが上がってきたりといろいろな面で不安が出てくる時期。
持久系スポーツを生活に取り入れることで、体力的にもメンタル的にも確かな基盤を作り、前向きに年齢を重ねていくことができます。興味はあるけれど二の足を踏んでいる人も、今後の人生をより充実させてくれる持久系スポーツを、ぜひ始めてみてはいかがでしょうか。
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